ル・ボナーの一日

阪神大震災から11年

2006年01月17日

神戸のみなとウエブ.jpg 神戸は表面的には、あんな大きな災害を経験した都市とは思えないほどに復興しています。 震災の日、マリンパークの石畳は凸凹になり、私たち夫婦はキリンと呼んでいるガントレクレーンの大部分がバタバタ倒れ、神戸のあちらこちらから煙が上がっていました。 あの日、私たち家族は、六甲アイランドにあるマンションの13階に住んでいました。 東京に住んでいた頃何度か体験した横揺れの地震とは違い、強烈な縦揺れが襲ってきて、死ぬとほんとに感じました。その後夜の暗闇が明けるまで家族4人何がなんだか分からないままボーと寄り添っていました。部屋の中はグチャグチャになっていました。 夜が明けると窓越しに見える神戸の町のあちこちから煙が昇り、ラジオからの情報が今の現状を教えてくれました。 数日後、一時実家のある加古川に避難していましたが、すぐに戻りました。 電気だけは復旧していたので、鞄を作り始めました。当然お客さんは来ませんし、回りのお店は真っ暗です。それでも、2年分ほどのオーダーがあったのでそれを作りつづけました。 私には鞄を作る事以外、何も出来ない。夢中で作り続けました。 この震災で多くの人が亡くなられました。多くの人が傷つきました。 その人たちと同じ体験をした私は、私なりの形であの日を風化させることなく、神戸で生きてゆきます。苦難の月日を共に助け合いながら乗り越えた同志の住む町、神戸。

Le Bonheur (22:45) | コメント(0)

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