ル・ボナーの一日

オリヲン座からの招待状

2008年05月17日

私が子供の頃住んでいた但馬の田舎町には、すぐ近所に映画館が一軒あった。夕方映画が始まりますよ~と美川ケンイチの「ヤナガセブルース」という曲が流れた。その曲が流れる時間には風呂に入っていることが多く、湯ぶねにつかりながらその曲を小学生の私は、詩の内容などわからないまま丸暗記してしまった。その後年月過ぎておじさんになった私がカラオケで歌う十八番の曲になってしまったのだけれど、決して好きな曲ではない。ただ歌詞を見なくても歌えて、この曲だけは音程が狂わず歌える数少ない曲なのです。幼少の記憶は恐ろしいほど強烈だ。 その映画館には大都市で上映された新作が、半年遅れで上映された。その映画館は同級生の女の子の親がやっていて、二階の映写室からタダで小林明主演の「ギターを持った渡り鳥」シリーズを見せてもらったり、009のアニメのポスターをもらったりしたことを覚えている。エントランスホールにはその頃の映画スターの写真が額入りで何枚も飾られていた。 そんな幼少の頃の記憶がトラウマになってなのか、映画館を舞台にしたドラマが好きな私であります。「ニューシネマパラダイス」は私のベストに入る映画だし、テレビドラマの「歌姫」は大変夢中で見てしまった。 ハミは娘と一緒に数か月に1度ほど映画館で映画を見るのを楽しみにしているけれど、私はいつもチャーとお家でお留守番。久しく映画館に行っていない。 ハミが映画館で見損じた映画を見たいと言う。それでレンタルビデオ屋さんで借りたのが「オリヲン座からの招待状」。昭和レトロ大好き人間である私には期待大のシチュエーション。 %E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B2%E3%83%B3%E5%BA%A7%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%8B%9B%E5%BE%85%E7%8A%B6.JPG この映画は淡々とした静かな物語です。浅田次郎の原作の短編は読んでいたけれど、よくここまで想像力を広げて物語を解釈した脚本になったものだと驚かされる。見終わった後時間が過ぎてから余韻がジワァ~と沁み入ってくる。 そして舞台になる映画館のセットが良い。私の子供の頃の但馬の田舎町の映画館に似ているのだ。だからより感情移入してしまう。 身体のあちらこちらからきしみ音が聞こえてくる年齢になったなぁ~と思う私は、今を生きているのだけれど、思い出の場面場面が偶然のスイッチオンで蘇る。映画はそのスイッチの最たるもので、通り過ぎた私的な過去の出来事とつなぎ合わせて見てしまう。 「地下鉄(メトロ)に乗って」「眉山」「嫌われ松子の一生」「オリヲン座からの招待状」とつづけて日本映画を自宅で見ている私たち。人は過去の自分が歩んだ道を反芻しながら現在を生き、明日へと進む。そんな時、私にとって映画は作り手の熱い思いの共同作業を内在していることを感じながら、明日への豊かな心を願いつつ見ている。特に懐かしい時代をバックにした物語は、私の懐古趣味も手伝って感情移入してしまう。 私はオリヲン座を閉める最後に集まった思い出を共有する人たちの一員になっていた。 ル・ボナーも革鞄を仲介してそれぞれの思い出の一場面に参加していたとしたら幸いです。 私たち夫婦が鞄を作り続けられるのもあと15~20年ほどでしょう。その最後の時、ないしは新しい世代に引き継いだル・ボナーの第2の出発の時、ル・ボナーという鞄屋の事を思い出してもらえたのならばそれが何より嬉しい。お金だけでは得られない大事なモノ。そんなモノを積み重ねてゆきたい。 やさしいお客様方と、共に。

Le Bonheur (21:04) | コメント(0)

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