ル・ボナーの一日
大事な人が来ます!
2007年10月23日
私たちにとって、大事な人が今週初めてル・ボナーに来てくれます。
東京の国立でインディアン・ジュエリーを中心に作る「スタジオT&Y」の村田高詩さんが始めてル・ボナーに来てくれるのです。私とハミにとって無償の優しさを教えていただいた人であり、村田さんご夫婦のように生きたいと願った私達です。今もその気持は同じです。私たちの心の師です。
「スタジオT&Y」の30周年を記念して渋谷のビームスで行われていたイベントが終わり、神戸のビームスで現在そのイベントが行われていて、そのイベントに出席するための来神で、その時ル・ボナーに来て頂けるのです。私もハミも会えるのがすご~く楽しみです。特にハミは神戸に来てから15年間村田さんには会っていないのでなおさらです。
私たちが初めて村田さんご夫妻にお会いしたのは26年ほど前のことでした。その頃の村田さんご夫妻は主に革製品を作っておられれた。その当時取引先の革屋さんが同じで、その革屋さんの紹介で初めて国立のお店に行きました。その頃モノ作りする若者には「ゴローズ」という名は特別で、畏敬の念を持つ存在でした。その「ゴローズ」出身の村田さんです。すごく緊張したことを覚えています。
初めて会った時から、色々なことを教えていただいた。それまで素人丸出しのカバンを作っていた私に、革という素材を使ったカバンを、より魅力的に表現することが出来る縫製技術を懇切丁寧に教えていただいた。
同じ取引先の革屋さんが「そんなに何でも教えたらもったいないよ」と言った時村田さんは「方法は教えても、それを自分のものにするのはその人自身の問題だから」とその後も隠すことなく色々なことを教えていただいた。
初めて多摩の聖跡桜ケ丘にショップを持てたのも、村田さんの紹介だった。村田さんのお店がある国立とは車で15分ほどの近距離に、同業のお店が増えることになるのに、私たちにとって良かれと思い紹介していただいたのです。
その後若気の至りでお店を失い先行き真っ暗になっていた私に、世界を目指したバッグメーカー「ファーラウト」の企画の仕事を紹介していただいたのも村田さんだった。面接の時のためにと、その時イッセイミヤケのパンツをいただいた。
若かったこ頃いつも村田さんご夫婦に助けていただいた。それもさりげなく。
私たちは村田さんご夫婦にどうすれば恩返しできるだろうかと尋ねたことがあります。その時村田さんは「その気持ちを、モノ作りに真剣に取り組もうとする若い人たちに向けて」と。その輪廻が素敵です。
わたしはバッグの縫製技術やビジネスの方法は多くの先達に教えていただきました。しかしモノ作りしながら心豊かに暮らす生き方を教わったのは村田さんご夫婦だけです。名声とか、金銭的豊かさよりもっと大事な心の豊かさをご夫婦に教わりました。
私はいつもこの村田さんが作ったアクセサリーをお守り代わりに身に付けています。
私たち夫婦にとって、とても大事な人です。説教がましい事は一言もいわない心の師です。
Le Bonheur (22:07) | コメント(4)
Comments
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ペッレテリア 圓山さん
まるさんのストーレートな発言に、私たちは恥ずかしくなります。まだ知り合って1ヶ月と少しです。信用してはいけません。善人面して、本当はとんでもない人間がいっぱいいますよ。ハミは大丈夫ですが、私はわかりませんよ。 -
松本さん、ハミさん、こんばんは!
松本さんのコメント読んで大爆笑しちゃいました。
すいません、すっかり信用しちゃいました(笑)
仮に松本さんがとんでもない人間であったとしても、それでもいいと思っています(笑)
だって、作ったバッグがその人を表していると思いますので。。。
そうですよね、ハミさん! -
ペレッテリア圓山さん
今夜ハミは映画を見に行っていて留守なので同意を得ることはできませんよ。私は完璧な詐欺師に憧れていますが、ランドセルを背負ったオヤジなので無理だろうなぁ~。
松本さん、ハミさん、こんにちは!
なんか・・・言葉で上手く書けなくって。
ブログに書いていること、書けないこと、私はたくさんのことをしていただいています。
そのお礼をどう返せばいいのだろう、していただく度にそう思っていました。
その核心が心の豊かさを教えてくれたことです。もちろん言葉に出して松本さんが教えてくれたのではなく、していただいた中から感じて見えてきた部分がそこでした。
村田さんから松本さんへ受け継いでいる大事な部分。ちゃんと私には届きました。
松本さんにとっての村田さんの存在が、私にとっての松本さん、ハミさんです!