
特急はくと5号で鳥取へ。神戸から鳥取まで特急はくとだと2時間ちょっとで着いてしまいます。案外近いのであります。駅弁を食べながらうとうとしていたら、鳥取にあっという間に到着。鳥取は子供の頃、親父が家族旅行で鳥取砂丘に連れて来てくれた時以来です。
24時間睡眠なしの一日がスタートを切りました。
今回の鳥取行きは”万年筆の達人”の
古山画伯が、鳥取のハンドメイド万年筆で有名な万年筆屋さんの”
万年筆博士”の社長さんが革製品に興味を持っているので、是非行くべきだから私と一緒に行きましょうという誘いに乗った次第であります。商談?のための鳥取行きなのであります。
鳥取駅で古山画伯と合流して、万年筆の聖地”万年筆博士”へ。
古山画伯ともう一人、万年筆関連の革小物の製作では、知る人ぞ知る
TAKUYA君が東京から参加。TAKUYA君とは初めて会ったのに、旧知の友のように不思議なほど自然。
”万年筆博士”は山陰の地方都市の商店街の中で、独特の存在感を醸し出すお店です。
店内の片隅の工房では、万年筆職人の田中晴美さんが無言の存在感をかもしだしながら轆轤(ろくろ)で万年筆の胴を削っています。田中さんは中屋万年筆の松原さんと双璧の日本を代表する轆轤職人です。轆轤で万年筆の胴を削るのは日本独特のもので、大部分の万年筆は旋盤で胴を削ります。私とTAKUYA君は田中さんの熟練の技術に見入ってしまいました。
田中さんが作り出すかけがいのないハンドメイド万年筆、1本は持っていたい。
私だったら、ニュージェードグリーンのセルロイドとオランダ水牛のコンビがいい。
万年筆博士で、田中さんとお話をしたかったけれど、仕事に集中していて話せなくて残念。でも新しい出会いと未知の世界に触れる充実した時間を過ごした後、鳥取の民芸運動の指導者、吉田璋也のコレクションを集めた鳥取民芸美術館に立ち寄った後、夜のカニ三昧の宴会にそなえて、今夜泊まる宿の温泉に入ってしばしの休息。鳥取市内に温泉が沸いています。知らなかった。

鳥取港近くで新鮮なカニを食べて飲んで充分満足して、古山先生ごちそうさまでした。
宿に戻り、古山画伯はそのままおやすみなさい。私とTAKUYA君は革製品談議。
彼の作る革小物は丁寧な仕事の品で、好感を感じます。話しは盛り上がり、翌日の朝を迎えました。眠気を吹き飛ばすため朝風呂に入ったのですが、出てから気持ちよくて逆に眠気が増してくる。いけない、いけない。
初夏を迎える頃には、ル・ボナーにもTAKUYA君の作る手縫いの革小物が並びます。関西では初めてお目見えすることになります。

是非、見せたいモノがあるからという古山画伯の案内で、智頭で途中下車して
石谷家住宅を見学することになりました。
古山画伯が見せたいというだけに、ほんとに素晴らしい日本家屋。映画の”犬神家の一族”はここでロケをしたのではないかと思ってしまう地方の資産家の住宅です。
ここの持ち主が、万年筆博士の社長と知り合いで、そのよしみで去年はこの住宅の大広間を使って万年筆サミットなる会合を開いたんだそうです。素晴らしい趣味人たち。
個人住宅の庭とは思えない、素晴らしい庭を見ながら縁側でコーヒーを頂いていると、あまりの気持良さに、TAKUYA君と私は昨夜のオールナイトの会談のため眠気が襲ってくる。
石谷家以外の町屋も素晴らしい智頭の街並みを散策し、鳥取を後にしました。
車中の昼食は、私以外の二人はカンチュウハイと豆の詰め合わせ。私はコーヒーと柿ピー。TAKUYA君が夢の中を彷徨っている間、古山画伯と私は、TAKUYA君の爽やかな好青年の表の顔に隠された、悪魔の裏の顔について語り合っておりました。嘘です。
昼過ぎにはル・ボナーに戻っていた私なのですが、強烈な眠気が襲ってくる。もういい年なのに、自分をコントロールできない。店を8時まで頑張った後、家に戻って爆睡。
田中晴美さんの仕事をする姿が心に残る。黙々と確実な丁寧な仕事。
名声も、それをマネージメントすることも、職人には関係がない。目の前の仕事に向き合うことがすべて。今度会うときはお話がしたいなぁ。
とってもとっても楽しい時間、充実した時間ありがとうございました!!
ご主人と噂以上に素敵なハミさんの優しさにすっかり甘えてしまった時間でした。帰りたくなかったなぁ~
必ず時間を作ってまたお二人に会いに行きます!!
素敵な革製品に見えない部分のこだわり、職人としての苦悩、今後のル・ボナーの新企画まで隠さず全て教えてくださった事に感謝感激です。
とても心強い先輩との出会いを演出してくださり、カニを悲しそうな顔をしてご馳走してくれた古山先生に感謝です。
私は幸せ者だぁ~!!