ル・ボナーの一日
イタリア旅行(4) フィレンツェ
2006年11月24日
フィレンツェの西側、アルノ川の両岸がフィレンツェの下町です。
この地域はあまり観光客は行かない場所ですが、フィレンツェの職人たちが多く住んでいる地域です。
家具の修復職人、鍛冶屋さん、額縁職人、靴職人、鞄職人その他材料屋さんなど雑多なモノを作り出す個人の工房を窓越しに見ることが出来ます。そんな下町を歩いていると、素のフィレンツェの人たちと接することが出来る。名所、旧跡よりそんな通りを歩いている方が楽しい。
歩いていて思ったのですが、どこかに似ているのです。どこだろう?と考えているうちに分かりました。私が30年間通い続けた浅草の今戸界隈に似ているのです。
親近感に似た不思議な居心地の良さを感じている私です。
チェレリーニの店舗の2階にある工房にはライターのN氏のはからいもあり、快く見せてもらえることができました。この時ばかりはO君が通訳をかってでてくれて感謝感謝でした。
職人頭のジーノさんはあいにく休みの日で会えなかったけれど、チェレリーニ御大みずから工房に案内してくれました。ここの工房はサンプルだけを作っているようでしたが、イタリアに来て10年。この工房で働き始めて2年という日本人の青年が働いていました。
すべての壁に鱗のように、カバンの型紙で覆われています。日本のカバン作りの職場とは相当違う道具や製造スタイルを興味深く見せてもらうことができました。
タディーさんのお店兼工房はフィレンツェの中心地にあるのですが、迷路のような路地にあり見つけ出すのに苦労しました。教えてくれたF夫妻はよく見つけたものだと感心させられます。
タディーさんはフィレンツェらしい革小物を作る職人さんで、3代目になります。
商品数は少ないですが、丁寧な仕事の小物ばかりです。日本の言い方だと絞り技法の小物です。ミシンを使わない接着だけで組み上げる小物ですが、美しい。
フィレンツェ独特の革小物の伝統を残していって欲しい。
サンタクローチェ修道院に隣接してあるサンタクローチェ・レザースクールを訪問しました。
第二次世界大戦後、孤児たちにカバン作りの技術を教えるため開校された、日本では有名なカバン作りの専門学校です。
行って驚いたことは、生徒の多くが日本の若者だったことです。私は何か違和感を感じました。
フィレンツェの街を歩いていて思いました。
大量生産大量消費の日本では画一的なモノを作り、消費し、また新しい画一的なモノをつくる。その繰り返しを消費者に強いる。そのサイクルには技術者は必要だけれど、職人はほんの少しでいい。それに比べフィレンツェは古いものをそのまま残しながら近代社会に順応しようとしているため、画一的な量産品だと対応できない部分が多くあるため、非効率でも小さな職人工房が多く存在する。
イタリアは日本に比べて色々な部分で不便です。平均所得も低い。しかし心豊かに私には見えました。
しかしブランドショップの建ち並ぶ通りを歩く時、そんなフィレンツェにも、もっともっとと過剰な利益を追求するグローバル経済の波が忍び寄ってきているのを感じます。それをフィレンツェに居るモノ作りの天使が力合わせて押し止めているように思えます。
ライターのN氏お勧めのベッキオ橋近くのレストランで食べたスパゲティ アラ ボイア 絶品でした。
スパゲティはイタリア滞在中何度か食べましたが、これが一番でした。
値段は9ユーロ。ガス抜きの水が3ユーロ。
Le Bonheur (08:36) | コメント(0)
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