私の万年筆好きは、2年少し前古山万年筆画伯の
「今買っておかないと後悔しますぞ」の言葉から始まった。その後増えていった。
そしてブログその他を通じて万年筆菌をばら撒いて、
何人かの新規万年筆菌感染者を作ってしまった罪深さ。
今頃になって「万年筆に深入りするのは危険ですぞ」と古山万年筆画伯。
2年前にその言葉言って欲しかったぁ~。
念願のアウロラの85周年レッド「マダム・モニカ」を入手し、
これで少しの間は落ち着いた日々を送れると思っているボンジョルノであった。
しかしル・ボナーには万年筆菌に侵された人たちが訪れて来る。
万年筆好きは鞄好きが多い。この因果関係はどうしてだろう。
「楔」の永田さんは、軸に魅力的な貴重木を使って筆記具も作る木工職人。
彼は万年筆も作っている。ただ木で作る軸は渋い味わい。
自分の創造する世界とは別世界に憧れを感じてしまうのか、
現在イタリアの万年筆に夢中。それもデルタ。悪魔の誘惑。

ドルチェビータはまだしも、コサックにイスラエルといってしまったぁ~。
デルタというまだ誕生して日の浅いイタリアの、それも悪名高きナポリの万年筆メーカーは、
どんな高価な限定万年筆だって同じペン先が付いていて仁義無き戦い~?。
それが分かっていてもはまってしまう悪魔のデザイン力。
色と造形で悪魔の誘惑を連発する。深入りしたらもう普通の人には戻れない。
この万年筆たちを見たお客様は「わぁ~ヴェルサーチのようだわ」と、
また他のお客様は超高級ホテルのトイレのようだって。どこのホテルのトイレのことか。
どちらにしても、今までなかった独特の世界を万年筆を通して表現し続けるデルタ。
そのデルタの極太軸コサックが3本入る革のペンケースを作って欲しいと永田さん。
この人もいつの間にかイタリア万華鏡万年筆菌重症患者になっている。
その夜I先生が奥様と来店。
私の愛しのアウロラ・レッド「マダム・モニカ」を
8万円で落札していただいたネットオークションスペシャリスト。
私が50年代のモンブラン146テレスコープの書き味最高~!とブログに書いたら、
どれどれどんな書き味なのかと早速入手して、見せびらかしに来られた。
それもなんと36,200円での落札という。恐れ入ります。
インク漏れする気配もなく素晴らしい状態のテレスコープ。
私は益々146テレスコープを入手したいと強く思った。
イヤイヤまだいらないけれど。

万年筆愛好家の多くがモンブランの万年筆を持っている。
私はへそ曲がりなのか、現行品の149も146も好きにはなれなかった。
お客様の持っているモンブランで書いてみても、私は魅力を感じなかった。
20年近く万年筆趣味を続けてこられたI先生も同じ思いを持たれていて、
いっぱいの万年筆を持っておられるのにモンブランはちょっとだけ。
そんなモンブラン否定論者の私たちにとって146テレスコープの書き味は、
モンブランの過去の偉大な技術の追求の歴史に脱帽した瞬間であった。
やはりトップブランドになるには意味があるのだなとその時思った。
柔らかな書き味だけれど、その柔らかさの質が違う。
ペン先イリジュウム直下でしなる独特の深みを持った柔らかさ。
それに加え万年筆の中の万年筆として確立された軸のデザインは同じでも、
セルロイド素材の50年代は独特の魅力を持っている。
万年筆菌に感染して2年少し、モンブランの魅力を初めて私なりに知った。
万年筆の魅力など全然知らなくてもいいことなのだけれど、
奥が深くて全然飽きそうにありません。あぁ~困った事であります。

某万年筆画伯が悪魔と呼ぶ某万年筆くらぶ会長が
モンブランを種類は限定して同じモデルを多本数持つ愚行に走る思いが少しだけ解る。
万年筆趣味に没入する人は、
36色の色鉛筆を買ってもらえなかった子供時代を過ごした反動だと誰かさんが言っていた。
なるほどそうかもしれない。
それぞれの趣向で万年筆趣味を楽しんでおられる人たちがいる。
私もまた、新しい方向で万年筆趣味続けていきます。
でも今までよりはスローペースで行こうなんて思っておりますが、
なぜ私の周りにはこんなに万年筆菌感染者が多いのか。
誘惑と戦い続けるボンジョルノであります。
36色の色鉛筆、で思い出しました。我が家の押し入れに、72色のクレパスがあったのです。たぶん、今もどこかにあると思いますが、子供の頃にそれを見せられて、大きくなったら使って良い、お前のものだと言われていたのですが、生来のコレクターなのか、揃っているものが不均等に減っていくことを想像するだけで耐えられない気持ちになり、今も未使用のままです。きっとこのまま、朽ちていくのでしょう。
あ、万年筆にハマりだしたのは中学生の頃。お年玉を握りしめて近所のダイエーの文具売り場に行き、ガラスケースの中のモンブラン(たぶんノブレス)をじっと見ていた、というのが原体験。実家にはPILOTやプラチナなど、何本かありまして、親の目を盗んで使っては怒られておりました・・・当時は筆圧が異常に高く、下手な書き方をするのですぐペン先を傷てしまったのですね。ペン先の調整なんて、概念すらもってない時代でした。それから数えて、おぉ、30年超えてます・・・アホです。