ル・ボナーの一日
35年前にヴァレクストラのプレミエに憧れた
2012年01月11日
鞄の業界で頂点はエルメスである事は万人が認めるところだと思っている。厳選された素材、手間をかけた縫製、規範となるデザイン、機能性以外はどれをとっても最高級たるブランドだ。だからといって世界の鞄のピラミッドの頂点に君臨し続けるであろうエルメスの鞄が絶対ではない。私の愛車の13年落ちのアルファロメオ145クワドリフォリオ前期型を走らせていて、横を最新のフェラーリが追い越していったとしても全然劣等感なんて感じないのと同じで、個人的な最高はまた違う次元だ。
鞄職人の私が個人的に最もを刺激を受けた鞄はミラノのヴァレクストラ。このブランドの鞄作りは魅力的で、かつてグッチ一族が経営していた頃のグッチに色濃く感じられたイタリアのアイデンティティを持った鞄作りの魅力を、クールに今も残そうとしている数少ないブランドだと私には感じられる。多くの既存のブリーフケースとは違う縦が高めのル・ボナーの縦横比は、そのバレクストラの影響を受けている。ヴァレクストラの傑作錠前のシャーロックホームズロックに憧れて、オリジナルで特別な錠前を作ろうと試みた事もあったけれど作れなかった。そんな風にこのブランドは長きにわたって私に刺激を与え続けてくれたブランドだった。そんな中でも「プレミエ」というソフトアタッシェは今も私にとって特別だ。
今から35年前の私が二十歳の頃「プレミエ」という鞄に出会った。外観も内装もシンプルでありながら、威風堂々としていて高級を強く感じた。ここまで媚を売らない高級を鞄の中に創造出来る事に脱帽した。当時はハンドルも硬質ゴムと金属だけで成形していた。その事が逆にこのカタチを引き立たせているように思えた。クールな上等が40年ほど前に革鞄においてあったのだ。その後この鞄以上に刺激を感じた他ブランドのカタチは、鞄において経験していない。
ファスナーもスイス・リリー社との共同開発と謳われたピンが二段式になった特別なもの。ファスナーの修理交換の最も多い理由は生地が擦れて破れる事。それもスライダーの端と接触する部分がよく擦り切れる。それを解消する為にスライダーの端もピンの上を走るように二段式になっている。このファスナーには見た目の格好良さも加わって衝撃を受けて、若かった頃の鞄職人・松本はいつかこのリリー社の二段ピン式のファスナーを使いたいと夢見た。そして使えるようになって一時はこの高級ファスナー一辺倒でル・ボナー製品を作っていた時期があった。25年使っているエレファント革のラウンドファスナー財布も、一度も交換修理する事無く今も現役という丈夫さ。
このプレミエのカタチを忠実に作ってみたいと思った。しかし若い頃は経験と技術が追いついていなくて、どうやって作るのか縫製手順が皆目見当がつかなかった。今は作る方法は理解出来て作れる事は作れる。しかし作るとなると違う問題点がある事に気付いた。内蔵されているステレスの枠やオリジナルで量産を頼まないと作れないハンドルやファスナーをロックする錠前等、零細な鞄職人には揃えられないオリジナルパーツ達が必要である事を。ある程度の規模を持ったブランドでないと生み出す事の出来ないカタチなのだという事を。
それならばこの鞄を買って持っていたいと思った。若かった頃は大変貧乏でそれは叶わなかった。今は少し余裕が出てきたので10年前の値段だったら買えない事はない。しかし現在の販売価格を見てみたら、私の知っている10年前のプレミエの価格の倍以上になっているではありませんか。これは私の納得出来る価格を大幅に越えていて買えません。孤高の欧州バッグブランド・ヴァレクストラの「プレミエ」は脳裏に刻み続けるだけに終わるのか。鞄に大枚を払える古山画伯やでべそ万年筆くらぶ会長買わないかなぁ〜。このソフトアタッシェは歴史に残る名品だと私は思っております。ただ私が初めて見た35年ほど前に作られたプレミエの方が、現行品より素材も仕事も丁寧だったように思える。それは私のオブラートに包まれた思い出がそう思わせているのかもしれないけれど。35年前に初めて見たプレミエはヌメで作られていて、4〜5年大事にお手入れしながら使われていて綺麗に茶褐色にエージングしていた。35年経った今でも鮮明な記憶として残っている。
Le Bonheur (21:28) | コメント(3)
Comments
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40年前にプレミエにあこがれて30有余年後、中古ながらヌメ革、アザラシ、エレファントと程度の良いものを手に入れました。ところが、アザラシのファスナーが開いたまま戻らなくなってしまい、ヴァレクストラ・ジャパンに修理を打診したところ修理はヴァレクストラ・ジャパンから購入したお客様限定のサービスであると拒否されました。これって一生物を作る一流のメーカーの矜恃を捨てたということでしょうか。ヴァシュロンコンスタンタンなどは百年前の時計でも偽物以外は修理してくれるのに、ヴァレクストラ製品は真贋の区別が出来ないような商品に成り下がったのでしょうか。資本買収でブランドの抜け殻になってしまったのかも知れません。残念。リリー社のファスナーで資本買収以前のプレミエを修理してくれるところないでしょうか。
ヴァレクストラといえば,シール(アザラシ)のブリーフケースを買いたかったのですが,いつのまにかなくなってしまいました。もちろんシャーロックホームズキーです。エルメスとは違った意味でよかったのですが,最近のものには興味がわかないです。ルボナーもririのジッパーを使っていたのですね。革ジャンやスーツなどにもririを見かけますね。
Re: ボンジョルノ より
貴重品革、特にエレファントが有名ですね。
シャーロックホームズロックは廃盤になったみたいですよ。
ririのファスナーはピンが焼き付けで付いていてピン取りをメーカーに頼まないといけなかったので、仕方なく今は使っていません。